江島竜登が学校を休んだ。
原因は不明、とくに連絡はなし。……というか竜登の家、連絡網に乗っていなかった気がするけどそもそも連絡のとりようがないのではないだろうか。
そしてさすが学校一の不良というか学校唯一の不良である竜登にプリントを渡しに行こうなんていう猛者はいるわけがなく。
なんだかんだで俺に回ってきてしまった。
しまったというかなんというか。
大歓迎なんだけど。
べつに、あいつ仲間思いのレベルがおかしくてちょっと仲間以外のやつに暴力的なだけなのだ。嫌な奴ではない。……敵にさえ回さなければ。
担任にコンビニを超えてから三本目の道を曲がってちょっとのところにある心がざらざらする表札の家、と教わり、竜登の家を目指す。
……本当にあった。
なんというか、心がなんかざらざらする。言葉にはできないけど。何とか一応江島、とは読めるのでここであっているのだろう。というかこんな表札の家が近所にもう一軒あるとかなんか嫌だ。
なんか気持ち斜めっている気がしなくもない門を通り、玄関へ。
ドアの横にあるベルのようなものの絵が彫ってある木の棒のようなスイッチのような何かはきっとインターホンなのだろう……きっと。そう願って押すと、ガゴンバンドシャンと何やらいろんな音がし、音がやんでしばらくすると、開いてっからあけていーぜ、と声がした。
おじゃましまーす、と入らせてもらうと、中もなんだかおかしかった。何が、かはよく分からないけど。
竜登は壁に手をつき、左足を少し浮かせて立っていた。
さすがに制服姿ではない。ジャージの短パンに襟がセーラー服のようになったシャツを着ている。
……なんか壁にセーラー服がかかっている気がするのは気にしないでおこう。そこらへんの中学生とかが着てそうな感じのガチなやつ。
なんか、二着ぐらいかかってる気がするけど。多分きょうだいの分とかきっとそんななんだろう。きっと。
「なんだ滝澤か。なんだかんだで来んの初めてだな。よってけ」
そう言って右足でぴょんぴょんしながら中に戻っていく。壁に手をつきながらとはいえものすごく危なっかしい。
靴を脱いで揃えていたらどすん、と音が聞こえた。
「竜登っ?」
「……大、丈夫」
どうやら無理矢理体制を変えて左足に響かないようにしたらしい。さすが、というかなんというか。
「わり、滝澤、立たせて」
……それはできないのか。
竜登をやや持ち上げるようにして立たせる。俺より少し小柄だとはいえ軽いなこいつ。学校中に名をはせている不良がこんなだと誰が思うだろうか。
玄関から入ってすぐはそこまで散らかってなかったけど、ここら辺から床一面に布が広がっていた。……これにひっかかったのか。逆によく今まで転ばなかったな……。
「……足、強盗退治かなんかの結果?」
「ち、ちげーし強盗が入ったみたいな家で悪かったな!」
違った。
よく見てみれば裁ちばさみや定規やいろいろも転がっていた。
裁縫……?
少し視線をあげると、なんかあまり見たくない光景が広がっていた。
セーラー服の山。山。山。
色とりどりの、いろんな形のセーラー服が引っ掛かっていたりハンガーでつるしてあっ
たり置いてあったりする。上着しかないのがさらに気持ち悪い。
つまりこいつ、セーラー服をつくっているってことか。……多分。
……多分。
「……滝澤?」
竜登は俺の表情を見て察したのか、視線をそらせた。
「とりあえず。茶、だすから。そこ、座って」
「……引いたろ」
「引いた」
「だよなー」
竜登は自分の分のお茶をぐいっと飲み干すと、そう切り出した。
「俺、親いねえからさあ、あれ売って生計立ててんの」
それとあれも、と指をさす。指した先にはとても心がざらざらする椅子やらたんすやらの山があった。
歪んでいるように見えるけど、おそらく本当は歪んでいないのであろう椅子。歪みに歪んだ箪笥、えとせとらえとせとら。
「んで、作業してたら布踏んであれの下敷きになってこうってわけ」
「竜登お前馬鹿だよな」
「滝澤よりはまし」
生計立てるためのやつでけがして学校にも病院にも行けない、って。
あほか。
「足、大丈夫なのか?」
「一応知り合いのやつに処置の仕方は教えてもらったから、多分。折れたりとかはないし」
折れてないなら安心、か。
……にしても気持ちの悪い家である。
「縫い目とかちゃんと奇麗なのがむかつく……」
「たりめーだろ、売りもんだぞ?」
ここからじゃわからないけど、あの椅子とかもちゃんとしているのだろう。
「……これのどこが不良なんだか」
「おれ不良じゃねーもん」
「十分不良だろ。……で、何か頼みたいこととかないか? 食糧とか、買ってくるけど」
竜登はしばらくなにかあったっけ、という感じで視線を泳がせると、一点で視線が止まった。
「……竜登?」
何か、嫌な予感が。
「そこの、ドアから三番目にかかってるやつ」
「……これか?」
部屋の中にあるやつとは少し違う、上だけではなく、ワンピースのような形で、スカートも付いた、紺色のセーラー服。
「これを、どうすれと」
「着てほしいなって」
「は?」
「うはー、いま滝澤めっちゃ素だったろ、うける」
いやいやうけるじゃねえよ。
初めて来た友達んちで女装、って。
洒落にならん。
「いやいや、なんで」
「瀧澤足無駄にきれいだし細いから大丈夫だと思うんだよなー」
何が。
てかそういう目で見てたのかよお前は!
「……なんで友達の見舞いに来て性癖暴露されてそれに付きあわなきゃなんねーの」
「いやいやまって俺そんなじゃねえからな?」
「じゃあなんで俺に着せようとしてんだよ」
「大丈夫瀧澤似合うから!」
「何が?」
このままじゃ何も進まなそうである。
……しゃーない。
負けた気しかしないけど。
学ランをそこらへんに放り投げ、ワンピースを被る。
……着方はこれでいいんだよな、多分。
そして妙にぴったりで気持ち悪いなおい!
「これで、もうちょっと肉付きが良かったら好みだったんだけど。……髪も長くて」
「俺に女子になれと?」
ちげえよあほか、と返ってくる。
そのまま、ぴょんぴょんとこっちに来ようとしたのでさすがに止めた。こっちから行く。
「ほんとおまえ、あいつに似てるわ」
「あいつ?」
とん、と頭をこっちに預けてくる。
何だ、急に。
「お前の髪伸ばして、肉付き良くしたら、俺の好きな奴にそっくりなの。……まあ、最近失恋、したけど」
「はあ? お前好きな人なんていたのかよ」
「いて悪いか」
いや、悪くないけど。
初耳。
「……しかも相手知り合いだったし。……むかつく。あの家抜けださなきゃよかった」
「抜け出……?」
あ、と呟いて。
「そこは、どうでもいい」
「そうかい」
竜登から視線をそらす。
数多くある不自然な家具の中、逆に不自然にちゃんと角が直角だったりいたが平らだったりしている棚が目立つ。
そこに、一枚の写真が飾られている。
ご丁寧に枠に入れて。
小さい頃の、竜登だろうか。他に11人。同じぐらいの年の子だらけである。
その中に、一人、確かに俺の小さい頃に似ているような、そんな子がいた。あの子が、竜登の好きだった人なのだろうか。
たきざわ? と下から声。竜登は俺から離れると俺が何を見ていたのか気づいたのか。いきなり俺の目に指を突き刺した。
「痛っつ……?」
「見た? 見たよな?」
「ぱんつ見られた女子かよ」
「違っ……」
「まあ、元気そうでよかった、帰るわ」
「えーお前気遣いとかねーのかよ」
「いやどうせこれ片付けたとしても一瞬で散らかされそうだし」
「ひっで」
セーラー服を脱ぎ、学ランを着なおす。セーラー服はハンガーにかけなおして、元に戻して。
「じゃあこれで」
「んじゃ」
「……あ、課題。今日提出のやつあったけど先生にお前今日休みだって言い忘れててめっちゃ先生怒ってたから、月曜日覚悟しとけな」
「おまえほんとひでえな?」