それがいつからだったとか、そういうことは覚えていない。気がついたら八十歳を越えていた平均寿命が四十代になっていた。物流が悪い日が増えた。外国の情報が入ってこなくなった。
私が中学に入る頃当たり前だった風景は、卒業する頃には過去のものとなっていた。学校は空き教室が目立ち、二百人を越える同級生は、気がついたら二クラスにするのがやっとな人数になっていた。
じわじわと世界は変わり続けたけど、それによって騒ぎが起こることはなかった。あやしい宗教の人とかがいろいろ動きそうな気がするけれど、全くそういうことはなく、日常はじわじわと死んでいった。
祖父が幼少期を過ごした町には神様がいたそうだ。
そして自分たちは神様の子供なのだ、と言われて育ったらしい。その証拠に、といつだかこっそりと祖父が水を動かすのを見せてくれたことがある。たしかにそれは世間一般では異能だとか魔法だとか言われる類いのもので間違いなかった。漫画や小説なんかだけに登場する、現実ではあり得ない出来事。
しかし祖父はそれをやってみせたのだ。それなら祖父は神様の子供なのだろうし、神様はいるのだろう。
少なくとも、祖父の世界に神様は確かに存在するのだ。
そんな祖父は数週間前に死んだ。いまどき珍しい、交通事故死だった。
高校二年のとき、学校がなくなった。
まちじゅうの高校生を集めて、やっと一クラスだった。そこからも、じわじわと人が減っていき、ある日、ついにひとりになっていた。一週間たつと、建物に光がつかなくなった。
公共交通機関は動かなくなっていた。
そしてたぶん、私はこの街唯一の生き残りだった。
他の町もこのような感じなのだろうか。
それを知ろうにも、テレビはいつの間にか砂嵐を映すのみになっていたし、ラジオも聞こえない。電話をかけようにもどこにかければ良いのかわからない。新聞もいつのまにか届かなくなっていた。
食べ物も、届くわけがなかった。しばらくそういえば生肉を見ていない。海沿いの町なので、刺身は見られないこともないのだけど。
神、の名字のとおり、もしかして自分は神様なんじゃないだろうか。
そう考えてしまうほど、自分はなかなか死ななかった。
まわりがあまりにもあっけなく、ばたばたと死んでいくので簡単に死ねるのだと思っていた。
ここ最近の死因トップ3は自殺、病死、気がついたらであったはずである。自殺するつもりはないし、持病はない。だったらそのうち、起きられない朝が来るのではないかと思っていたけれどその日はなかなか訪れなかった。
自分以外が見当たらない町なので、遠慮など不要である。ひたすら店に残る保存がききそうな類いのものをてきとうに食べて過ごしていた。保存がききそうなものとなると自動的に不摂生のオンパレードなのだけれど、それでも意外に死なないのだった。
学校があることでなんとか時間の経過を把握出来ていた私である。
というわけで今がいつなのか、自分の歳はいくつなのかは全くわからないけど、相変わらず死は訪れない。
最近はついに食料ほぼなしで活動できるようになった。まさか自分は本当に。
ここまでくると、もうやることは全くないのであった。つまらないので自殺だけはしてやらない、と決めたけれど、テレビが付かない電気もないガスもないとなるといまどきの子供には少々きついものがある。
本屋に残っていた本もだいたい読み漁り終わってしまったし。もう倫理観もへったくれもねえ、とよその家を発掘して出てきた本も漁り終えてしまった。暇だ。実に暇である。
ついに学生時代は全力で避けていたスポーツの類いに手を出してしまった。
逆立ちも側転もロンダートも練習すれば出来るのだなと思った。
ひまである。
ふと海を眺めていると、遠くに船が見えた。
ふね。
この時代に、船?
どういうこっちゃ、と視力1.5の両目で頑張って事実を確認しようとするも、見えないもんは見えなかった。
でもあの船、こっちに近づいてきていないか?
気のせいではなかった。船はこちらに近づいてきて、乗っていた人がおりてくる。
「まだ生きているやつなんていたのか。名前は?」
「じん、」
「じん……? 神でじん、か?」
じん、の音だけで神だとわかるとは。なかなかいない名字だと思っていたのに。そしてさらに、このひとは付け加える。
「まさか寛実んとこの、」
ひろみんとこの。
確かに、神寛実とは私の祖父の名前であった。
「ああ、それで、神の一族の、神、だもんなあ、それで」
そしてよくわからないけど納得してらっしゃる。なにがどうそれでなのだろう。説明してほしい。
「祖父と知り合いなのですか」
「知り合いっつうか。有名人だよ、あの人は。神のくせに、神の一族のくせに町を捨てていきやがった」
神の一族? 神様がいたって話は聞いたけど。たしかにあの人の名字は神だけど。
「神様は、いた、んじゃ」
「知ってるのか。そうだよ。神様はいる。だから俺たちは生きているんだろうが」
「どういう、」
続きを、言葉にすることはできなかった。
何もしていないのに、私の体は、電池が切れたかのように。