ちょいと出かけるからつきあって、の結果がこんなだとは思わないだろう。
隣町の大きな駅、までは理解できた。色々な店が隣接してる駅だし、なんか用事があるんだろうな、と思う。
まさかそこで懐から切符を二枚取り出して一枚を俺に渡し、改札を通って、特急に乗るなんて想定外である。
なんか荷物が多いなとは思ったよ。
なんか返品するものでもあんのかな、なんて適当に考えていて。
旅行、だなんて普通考えない。
スーパー大空、釧路行き。
出発するすれすれに着き、飛び乗るとすう、と動き出した。
「……なんで俺いま汽車乗ってんの」
「ついて来てくれそうなの、怜也ぐらいだろ。女子連れてくわけにもいかねーし」
「つか切符、特急だろ高いんじゃねえのなんぼしたんだよ」
ええと、と指を折りつつ。
「だいたい九千円? 二人分で一万八千円、が往復で三万六千円。で学割で二割引きだからえーと二万九千円……? とかそんな。バイト頑張ったんだぜー俺」
「……帰ったら返す」
「いーよ俺が勝手に連れてこうと思ったんだし。だいたい怜也の学校バイト禁止だろ収入源ねえじゃん」
んでああ、お前が汽車乗ってる理由なー、とそこで一度言葉を切る、言いにくそうに、窓の外に視線をそらして。しばらく黙りこむ。
新札幌、南千歳と過ぎていき、トマムに着いたあたりでやっと口を開いた。
「……俺の実家の場所、八都に聞いたから」
二か月前のあの日のことを忘れる日は来ないだろう。
家出中だった江島と八瀬と八都が帰ってきて、久しぶりに住人が全員揃って。
あの家がおかしい、と思ったことがないといったら嘘にはなるけど、初めて、あの家がおかしいという事実を突き付けられた。
八都が家出してまで、修が不登校やってまでつかんだ証拠を見せられて。湧別と帰ってきた日から一週間、部屋に引きこもっていた子咲が何があったのか、ぜんぶはっきりさせて。
最後に八都が、実家の場所とか、墓の場所とか、事故現場とか、一応分かるっちゃわかるんだけど、知りたい人いる? と言ったのに反応できたやつはいなかった。
「お前、結局聞いたのか」
「……昔の自分の存在を知っちゃったからには昔の自分も知らないと気持ち悪い、と思った」
怜也は聞かなかったのか、と沖哉。
「……あんまり興味ねー、っつーかなんつーか……困んだよ、急に」
それもそっか、と沖哉は視線を窓の外に戻して、しばらくすると寝ていた。
降りた駅は潮の匂いがした。
古い駅。なんでこんな駅に特急が止まるんだろう。
「ここから乗り換えで、もうちょっとだから」
しばらく待つと、一両編成の汽車がやってきた。
なんとなくデザインが古い。ザ・田舎、というかなんというか。
一生でこんなのに乗る機会は今日ぐらいだろう。
二、三十分揺られると目的地に着いた。
当て字にするにもこんな字を当てなくても、という感じの地名。
たぶんこっちー、と歩いて行った先にあったのは更地であった。
住宅街の中で、そこだけぽっかりとあいている。
沖哉が草の中に入っていき、真ん中あたりで座り込む。
何もしてやれることはないだろう、とそこら辺を一周することにした。
一周して戻ってくると、沖哉がすごい心配そうな顔をしていた。
「……どうしたの」
「いや気付いたら怜也いねーんだもんびっくりした」
「携帯鳴らしゃいいだろ」
「充電切れてた」
あほか。
旅行行くのに充電切れって。
「おきやくん……?」
どさ、と後ろで音がした。
女子の声だった。
振り向くとセーラー服の女子がいた。まるで幽霊でも見ているような顔で、えっ、そんな、を繰り返して。
「……沖哉知り合い?」
「いやだからいたとしても覚えてねーって」
「今沖哉て言った? 衣川沖哉? やっぱり沖哉だよね?」
ととと、と近付いて来て、沖哉の肩をがっつりつかんで。
「心配したんだよ、沖哉だけ死体が見つかってないって、みんな海に落ちたんだから仕方ないだろ、って、もう死んだに決まってんじゃねえか、って」
やっぱり生きてたんだ、とぽろぽろと涙をこぼす。
「……沖哉?」
「……ごめん、沖哉、事故のとき記憶飛んだみたいで、事故の前のこと、何も覚えてないみたいなんだ」
なんか面倒くさい展開になりそうだから先に伝えておこう。嘘は言ってない。
「今日、初めて実家の場所に来る勇気出たみたいで。付き添いで来たんだけど、事故の前の知り合いに会えるだなんて思ってなかった」
そうなのおきや、と女子。
こく、と沖哉はそれだけ反応を返した。沖哉も沖哉で処理しきれないのだろう。
「沖哉、もうこっちじゃ死んだみたいな扱いになってるんだね。あまり騒がれたくないし、君も今日沖哉に会ったこと、皆に言わないでほしいんだけど、いいかな? 沖哉にも、新しい生活があるから、覚えてない人たちに騒がれても困ると思うんだ」
しばらく理解できない、という顔をしていた彼女だけど、瞬きを数回しているうちになんとなくわかったのか、わかりました、と呟いた。
「ごめんね、知って顔いてびっくりしちゃった。これから頑張ってね、沖哉」
そう言って走り去っていく。なかなかいい子なようだ。
騒がれたらどうしようかと。
「……沖哉、大丈夫?」
「……びっくりした。けど、そりゃ地元だもんな。知り合いぐらい、いるか。小二までいたんだもんな」
ふう、と一息ついて。
「まちのほうの駅の前にホテルとってあんだ。いこーぜ」
そうだ帰りはぜってー池田町銘菓とやらかってこーなーバナナ饅頭とかぜってーうめーもん、と沖哉。
「ああそうだ、今日はありがとな」
「何だよ急に、気持ちわりい」
「怜也いなかったら俺釧路川とか茶路川とかに身投げしてたかもしんねー」
「せめて太平洋にしろよ。目の前だろ」
「まっそっか、ありがとな」
「……今度、俺のにもつきあってくれ」
たりめーだろ、と沖哉は返してくれた。