「美原んちって結局どういう家族構成してんの?」
その質問の意味を、私はしばらく理解することが出来なかった。
湧別君が私の家の話を違和感を覚える程度に聞いてくれていることが意外だったし、それより私自身、理解できなかったことが驚きだった。
家族構成。
家族構成、ってなんだ。
「美原の話聞いててもどうしてもそれがわかんねえんだよなあ」
神先輩以外のことはわりと平等にどうでもいい、を貫き通して四年目の湧別君である。そんな湧別君が変だと思うのなら、私は相当一般常識から離れた話ばかりしていたのだろう。
「弟、とか妹、とか言わねえで名前ばっか。ミワコとかトキヤとかカナとか」
「友達、にしちゃあ距離感がおかしいんだよ。日常的な話ばっかだし兄弟の話してるみてー」
「話の内容からして全員同学年だし」
「ってーことは六つ子とかそんな? とか思ったけどそーでもねえみたいだし」
「あ、そうだ卒アル。卒アル見てみたらトキヤとコノミはいなかったけど他はいたな。同じ学校ってなんで気づかなかったんだろ、わかんねえけど。卒アルの写真改めて見てみたらなんか距離感明らかに違うんだ」
気付いた時からこうなっていたのだ。
私にとってはこれが自然なのだ。
「中学の時から美原とすげえ仲いい奴いんな、とは思ってた。話してる内容ちょっと聞こえたとき今日は米何合とかって話しててきょうだいかな、て思ったけど学年に美原、ってお前しかいないし」
ああ、忘れていた。湧別君のどーでもいー、は一般人のどーでもいーではないのだ。
「美原多分、忘れてることあんじゃねーかなあ」
多分、湧別君なりに考えて、結論に至ったから話題を振ってきたのだろう。
そういえば小説を結末から読むような子だった。
わすれてる、こと。
忘れてること……?
「たとえばどんなこと」
「美原んちの家族構成、とか?」
「はあ……?」
「美原のおかーさん、どんなひと?」
「おかっ」
おかーさん。
わたしの、おかあさん。
「ゆーべつくん、のは」
「俺んとこ? 普通だと思うけどなあ……専業主婦やりつつイラスト描きつつ、って最近知った。俺絵描いてんの遺伝かもなー……美原は?」
人には誰にでもお父さんとお母さんがいるはずなんだ。
だけどお母さん、ときいても何の顔も浮かんでこない。美原、のあとに続く名前が子咲、しか思いつかない。
そもそも私にお母さんなんていたっけ?
お母さんって本当に存在するものだっけ?
湧別君の家が特別なんじゃなくて?
「ってなんも泣かなくても、美原……?」
「え」
気が付いたら頬をつたった涙が机に落ちるとこだった。
「……ゆーべつ、く」
「う、何……?」
さすがにこうなるのは想定外だったのか、どうすればいいのやら、という顔をしている。
「ちょっと保健室に引きこもってくる」
「あーうん、なんかわりー……」
「カラオケ、行こう」
まさか保健室に迎えに着た湧別君の第一声がこれだとは思わなかった。
まともに返事もしないまま、ぐいぐいひっぱられてついた先は皆がちょっと遠いから、とあまり近付かないカラオケだった。こっちのほうが持ち込み出来るし学生割引あるし安い、らしい。ちゃちゃっと受付を済ませて部屋に入ると、湧別君は私を入口の近くの椅子に座らせた。湧別君は入り口から遠い所に座る。
「嫌だったら、帰るなり殴るなり、音量上げるなり好きにして」
湧別君が自販機で買ったお茶を一口飲む。
「俺はあの日が夢だとは思えないんだ」
「あの日が夢じゃねーってことは神先輩のあれは夢じゃねーってことでいくら名字が神だからっておかしーし、絶対ああいう人が世界のどっかに、他にもいるはずなんだ。一人とかおかしいし。んでもって美原も同じだろ。正しい世界に居続けるとか、そんな感じじゃないかと思うんだけど、どうよ」
「同じ……?」
「そっか美原知らねえか」
そうか話してねえもんな、知ってると勝手に思ってた、と付け足して。
「神先輩、多分自分で描いた絵を実体化するとかそんな感じの能力? みたいの持ってたんだと思う。思うっつーか見たんだけど」
「……そっか、神先輩勧誘されてて」
「勧誘?」
「……湧別君が言ってた仮定、あってるんだけど。この世界には確かにたまに、変な能力に目覚めちゃう人がいて、そう言う人たちを隔離してる人がいて。だから、超能力なんてない、って未だにその設定で世の中回ってるんだけど、隔離の時にひとつお願いごとかなえてくれるらしくって、多分神先輩のお願いは湧別君から記憶を消さないで、だったのかなあ」
「隔離?」
「私もちょっと説明されたのと今までの見て思っただけなんだけどね? たぶんこの世界からすぱんって切り離して、他の世界に飛ばしてるんだと思う。こっちの世界じゃその人はいなかったことになるから、」
「神先輩を追ってうちの中学に来た三上先輩はうちの中学から消えてた」
「そう。美術部も、神先輩がいなかったから、廃部の危機になんてならなかった」
「……じゃあ、気づいたらクラスメイトがいないとか、そういうのわかるのか」
「はは、能力に目覚める人なんてレアだし、あんまないよ。どっちかっていうと急に流行が変わっててびっくりとかそんな感じ」
「……それ、いつから?」
「いつから、って」
ええと。気が付いたらそうだった、ってことしか。
「気づいたらそうだった、みたいな……?」
「美原のお母さんは」
部屋の温度が急に下がった気がした。
「いつからいなかった?」
私が答えないでいると、悪い質問が悪かった、と湧別君。
「美原が思い出せる一番昔の記憶は?」
「小学……五年……? 宿泊学習」
「小学校の入学式は」
「おぼえてない」
「幼稚園は、保育園はどこ行ってた」
「……おぼえてない」
「小学校の時のクラス、順番に言えるか」
「……さいご、二、二だった
「俺、幼稚園はひばりで入学式んとき入場で転んだぞ。クラスは二二三三一一だった」
「きおくりょく、いーね?」
「こんぐらい普通だろ。高校のやつらって皆小学校じゃなくて幼稚園同じだったって話すんだろ。自分の出身幼稚園ぐらい覚えてるよ。自分のクラスだって、出席番号は覚えてないにしてもクラスぐらい、普通覚えてるもんだろ」
何を言いたいかぐらい、わかんだろ、って顔。
「記憶喪失……?」
「かどーかは分かんないけど、まあおいといて。結局美原の家族構成ってどうなの」
「覚えてない、って方向性になんなかったっけ……?」
「オキヤとかオサムとかコノミとか、何者、て話。ほんとの、だとしてもなんでお前が親覚えてないのか謎だけど、先に今の家族の話」
「……銀崎果奈、阿井美和子、古矢修、神基木谷、可児怜也、衣川沖哉、出口好美……と、八瀬桃瀬、一玖八都、江島竜登が家出中、で十一人。家族、ってーか寮、というか……そんな感じ。誰が妹、とかじゃなくて」
「いつから?」
「……気が付いたら」
「親みたいなひとは」
「……いる、みたいだけど会ったことない」
いみわかんね、て顔で。
「なんで今まで何の疑問も持たないで暮らしてられたんだよそれ」
「そう言うもんだって思ってたの! ずっと!」
「名字違うやつらが一緒になって暮らしてても?」
「そういうおうちもあるかな、って」
「……名字の頭文字、とって並べたらAからKまで並んでても?」
「え」
ちょっとまって、とカバンからノートとシャーペンをとりだす。
美原がB。阿井がA。古矢はF。衣川がK。出口はD。神はJ。銀崎はG。可児はおいといて、一玖がI、八瀬がH、江島がE。可児はCか。CANI、ってキャニになって無理矢理ぽいけど。
カニってクラブだしな、と湧別君。その手もあったか。
そして皆の頭文字を並べると、確かにAからKまで、奇麗に揃っていた。
「これ……は、さすがにおかしい、ね」
「おかしーだろ」
「……てことは?」
「お前の記憶が怪しいのと、関係あんじゃねえか、って思う」
「能力者が今になって急に、ってのもおかしな話だし、先代がいたんじゃないかと思う。そしてそいつがすげえやらかしたあとに、この世界から消えたとしたら」
「やらか……」
「それによって世界に残る影響が、馬鹿でかかったとしたら」
「したら」
「十一人を犠牲にして他が全部丸く収まるんだったら、そのためにいくらでも世界なんて歪められそうな気がしなくもない」
ちょっとまって湧別君話が走り幅跳びだ。棒高跳びだ。
「例えば、そう、犠牲者が数人どころじゃなく数十人、数百人の殺人鬼が消えたとして、その埋め合わせを、例えば十年後にしたとき、皆を生き返らすのと、死んだままにしておくの、どちらが前後の歪みが少ないだろうか、みてーな?」
「例えば、そう、Aの名字から順々に、一族皆殺しぐらいの勢いで殺してった連続殺人犯が消えたとしたら? 各家から一人だけ、ある特定の年代の子供を残して他皆殺し、ってルールで犯行を行っていたとしたら?」
「うまくカバーしようにもしようがなかったとしたら? 殺された人の中に、生きていたら今の世界が百八十度変わっていたような人が混ざっていたら? 神先輩は美術部が元通り、程度だったけどそれがたくさん重なったらすごいことになる。そのままにしておくわけにはいかない」
「残ったのは同い年の少年少女十一人。親族はいない。親族がいなくなるような理由付けをしたら、なんでその子だけ生き残ったのか、ってなる」
「そうなるなら最初から違和感を感じさせなければいい。そういうもんだって、まわりにも本人たちにも思わせる。だから違和感なんてなかった。ずっとそういうもんだって思ってた」
ちょっと間をおいて。
「とかだったら漫画みたいだよなあ」
下を向いて、目に入る情報を出来るだけ少なくしようとしていたけど、思わず顔を上げる。
湧別君はにこり、と笑って。
「まあ、素人が適当に考えたことだし、適当に聞き流しておいて」
ちょうどよく、カラオケの電話が鳴る。
「じかん?」
「だって」
会計を済ませて、外に出る。出すよ、といったけどどうせ三百円もかからないし、と湧別君が払った。
「……湧別君、家まで送ってくれてもいいんだよ」
「は」
「こんな時間に華のじょしこーせーを一人で帰らすんですか、そーですか」
「……まあ、美原んち、どんなか見てみたいし」
私のやりたいことはばれているらしかった。
美原の家はまちからすこし離れた場所にあった。さすが十一人暮らしている家なだけあって、周りより二回りぐらい大きい。
二階の窓を見ていると、誰かと目があった。
がら、と開いて、人が、って二階だぞ?
「湧別お前てめえ子咲に何やってやがんだよおい」
金髪、メガネをかけている。背は、俺からすると高いけどおそらく世間一般と比べたら標準ぐらいだろう。見覚えがない、ってことは。
「トキヤさん……?」
「何がトキヤさんだてめえに名前呼ばれる筋合いはねえんだよさっさと帰れくそ」
「なあ美原この人美原のお父さんか何か……?」
「……ってめなにがお義父さん」
「あーうんそう。これうちのお父さん、じゅーななさいどくしん」
「何適当言ってんだよ子咲こいつ何なんだよ」
「じゃあ湧別君、明日ね」
ばいばい、と美原。
もう来んなー、とトキヤさんの声。
さっきのやり取り、最後の方は他のメンバーも窓から覗いていた。
面白そうなことやってんな、って顔と、それから。
多分あの人は、気付いているのだろう。皆に言わないまま過ごしているのだろう。
美原は帰ってから、さっきまでの話をするのだろうか。
さっきの話をしたら、あの空間はどうなってしまうのだろうか。
まあいっか。んなもんしらねーや、である。
今じゃなくても、おかしいと思う時が来るのだろうし。
きっとどう転んでも、なんとかなるようにできてるのだ。