「というわけで先輩。デートしましょう」
目の前の名前も知らない後輩がいきなりそう言い放ち、後ろからもはや叫び声に近い声があがった。
その日はテスト開けの普通の部活の日で、久しぶりだねえ、だなんて言って駄弁り八割創作活動二割な感じでいつも通りやっていたのだ。
そこに、知らない一年生がやってきて。
後輩のクラスメイトなのかなー、だなんて適当に思っていたらその一年生はこっちに向かってきて、「湧別先輩ですよね」だなんて言って。
まっすぐな目で。
「……あー、えっと、どなたで」
「オケトです。オケトアラタです」
「そう、オケト、君。とりあえず座ろうか」
そこらへんの椅子、適当に使っていいから、とオケト君を座らせる。
「で、えと、」
「置くにドアの戸、新しい太いで置戸新太です。一年三組三十四番です文芸部やってます」
なんだか名前の確認と取られたようだ。……そうか、置戸、新太君。美術室前のホールに書道の作品が飾ってあった気がするなあ、あの子か。
「そう、えと、その一年三組三十四番文芸部所属の置戸新太君が俺に何の御用で」
「デートしてください先輩」
……、ああ。
さっきのは聞き間違えではなかったようだ。
そして再び背後からきゃああ、という声。
「ごめん、色々段階飛ばしすぎだから一から話して」
「ああ、そうですね、忘れてました」
今気づいた、という感じの顔。
ええとですね、と視線をずらして手をふらふらと動かす。
「俺……僕には小学校の時からの……友達っつーかなんつーか……えーと……鶴居愛夏、ってやつがいまして。あいつの親からもあいつのこと色々任されてるんですけど、まあとりあえずあいつ、先輩のこと好きみたいでして。とりあえず先輩がどんな奴なのかわからなかったらどんな反応すりゃいいのかわからねえじゃないですか、というわけで調べるだけ調べて、先輩が二年五組五十二番で選択が物理化学日本史、一年んときは美術で中学の時のランクがB、定期テストもまあそれなりで順位も四捨五入でも三桁行かないとか、いろいろそれなりに器用にできて去年の体育祭のバスケで合計二十点入れただとか、中学のときも体育祭で陸上部相手に千五で三位だっただとか、あと賞をいくつとっただとか交友関係だとかまーそこらへんは分かったんですけどひとっつだけわかんなくてですね」
ああうん、なんだか突っ込みどころがたくさんあった気がするなあ。
中学まで遡られてるって、この子何なんだろう。そして情報源は誰だ、美原か。
「ひとつ……?」
「先輩、いままで彼女とかいなかったじゃないですか」
「そうだね」
「先輩は彼女をどういうふうに扱うのか、ってのだけ、どうしてもわからなくて」
「はあ?」
「というわけで先輩、デートしてください」
で、最初のに戻るわけだ。
「置戸君、常識無いとか言われない……?」
「先輩ほどじゃないですよ」
「いやまだ俺にはこの状況をおかしいって思える程度に常識があるはず……っ」
「常識ある人間だったら、」そこで一度言葉を区切って俺の目をじっと見て。「居もしない人を追いかけて男一人で美術部なんか、入らないです」
「居もしない人、ってなんでわかるんだ」
「僕の友達に先輩と同じ中学出身のやついるんですけど、誰も知りませんでした」
「でも」
「美原先輩、でしたっけ? あのひとはノーカンでしょう。あのひと、先輩のこと色々教えてくれましたけど、なんてーか」
「あいつ変な奴だからなー」
「まあだとして。デート、おっけーですかだめですか」
「ちなみに断ったら」
「ひでえひとって愛夏を全力で止めます」
「選択肢ないじゃねえか」
にこ、と後輩は笑って、机の上にメモを置くと、「僕のアドレスなんで」と言って帰っていった。
とりあえずデートじゃなんだっけ、彼女を待たせちゃいけないんだっけ? どんだけまっても今来たところだから大丈夫だよ、って言えばいいんだっけ?
あとそーだ、服とかを褒めなきゃいけないんだっけ。
なんて考えていたら待ち合わせの時間を三分過ぎたあたりで置戸君がやってきた。
「こんにちはー湧別先輩。待ちましたー?」
「そこまで待ってないよ」
ああ、それから。
「今日も相変わらずかっこいーな」
たしかここまでがセットだったはず、と先輩たちやクラスメイトの会話の盗み聞きから成るデートの知識をフル稼働させる。たしか褒めないと怒るんだっけか。
なんか隣で待っていた女の人がすごい勢いで振り向いたけど気にしないでおこう。なんかすごい勢いでスマホをいじりだしたけど気にしないでおこう。さてはこの人先輩たちと同類だな……?
置戸君は気づいていないようだし、気にしないことにして。
「それじゃあ行こうぜ」
なんか収まりがいいなと思ったらああそうか、愛夏と同じぐらいの背なのか。
昨日はずっと座っていたからわからなかったけど。
それで身長もわからなかったんだな……。美原先輩も身長だけは教えてくれなかった。
「先輩、身長百六十とかですか」
「……まだ成長期終わってないはずだからもっとあるはず」
「百六十あるかないかなんですね」
「なんかこれ、先輩の買い物についてってるだけになってますよね?」
ん、と俺の目線一つ下の先輩が、画材が大量に入った袋から顔を上げる。
「あそこの店、学割きくんだよなあ……でも遠くてあまり行けねーの。置戸君もどっか行きたい場所あったら行けば」
「そうじゃなくてですね、こう、もうちょっと……」
えーじゃあ、と先輩は袋を右手にまとめて持って、左手を差し出して。
「手でもつないでみる?」
先輩は背が低いから必然的に上目遣いになる。中性的な顔立ちも相まって、なんか、ああ、この人目の色薄いなあ奇麗だなあ……っ。
「て、そーじゃなくて……」
自分への突っ込みだったのだけど、先輩は自分の行動に対してのものだと思ったのか、「そうだよな、もっと、こう、手を繋ごうと意識しすぎちゃってちょっとぶつかるだけで手をバッと離しちゃったりとかそーゆー……」とか呟いている。
「……そうだ、ききてーことがあったんだ」
「ききたいこと?」
「 中出身って聞いたんだけど、ミカミトキハルって人、知らねえかなあ」
君の二個上だし、もしかしたら学校違うかもしれないしで知らねえかもだけど、と付け足す。
ミカミ、トキハル。ミカミ……?
「すいません先輩、もうちょっと、名前の漢字とか特徴とか……」
「三に上、季節の春が二つででミカミトキハル、のはず……俺の記憶の中じゃ吹奏楽部でホルンを吹いていたけど、あっているかはわかんね」
三上春春。ああ、そうだ、見覚えがある。どうやって読むんだろうってずっと思ってて。
「あれでトキハル、なんですね」
「あ、知ってたんだ?」
「名前だけですけど。たしか、楽器のソロのコンクールで全国行っただかなんだかで垂れ幕が……」
うっわ全国かよ、と先輩。そんな風には見えなかったけどなあ、と付け足す。
それから本格的にデートのデの字も無くなっていった。
いや、一応ゲーセン行ってみたりウインドウショッピングしてみたりやったことは一応デートなのだけど。
やっぱほぼ初対面の相手相手にするもんじゃないよなあ。
後半になるともうこいつどうでもよくなってきてんなと察したのか、フードコートに移動して駄弁り続けた。
クラスのことだとか、中学時代の話だとか。最終的には俺は愛夏の話を、先輩は神先輩の話を。
話しやすいのは先輩がサイズ的な意味でどう頑張っても先輩と思えなかったのもあるし、先輩の方も先輩の方で後輩と思えなかったのだろう。今日ばかりは自分の身長を少し恨んだ。でもどっちかというと先輩が小さいんだ。
「……ひとつ。聞いてませんでした」
別れ際、そういえば、と思い出す。
「なに」
「先輩は、神先輩のこと、どう思ってんですか」
「なんだろ」
難しいなあ、と先輩。
「君は、愛夏さんのこと、どうなの」
「娘っつーかなんつーか……妹っつーか……コイビトとか、そんなじゃないです」
「じゃあ君が愛夏さんを想う気持ちと同じってことで」
そう言って湧別先輩は改札の向こうに消えていった。