確かに俺は鶴居愛夏のことが好きだけれども、恋愛的な意味で好きなのかと問われれば間違いなく答えは否である。
確かに愛夏が校区外の中学に行くと言ったら俺も校区外の学校を選んだし、愛夏が幌北を受けると言ったから自分も幌北を受けたのだけれど、それでもやっぱり俺は愛夏が普通に好きなのだった。
中学のころから言っていた文芸部にも入部したから俺も入部した。
愛夏が電車で通うと言ったから、俺も電車通学にした。
そんなだからいつしか俺は愛夏の番犬と呼ばれるようになっていた。
まあ、あながち間違ってはいないし、それで愛夏に近づくような奴がいなくなるなら大歓迎だ。
……まあ、でも。
信じてくれるのはある意味単純な奴らばっかりで。
あるとき、愛夏の友達を名乗る女子三人に声をかけられた。
あなたのせいで愛夏が自由に動けない。どうして愛夏を拘束するのか、と。
そんな感じのことを言われた気がする。
確か、普段は愛夏と全く話したりしなさそうな奴。俺が交友関係を制限しているから、自分たちは愛夏と話せない、とでも言いたいのだろうか。
女子によくあるのかは分からないけど、自分で頑張りもしないで、他人のせいにしてねちねち言ってくる奴。
いい気になるな、だとか愛夏から離れろ、だとか言葉は続く。
聞き流していると、どこからか聞き覚えのある……というか、右側から愛夏が歩いてくる音。
……新太? と、少し手前で立ち止まって、首を少し傾ける。
ああ、可愛いなあくっそ!
鶴居さん、置戸君が、と女子。
愛夏が駆け寄ってきて、女子たちの顔がゆるむ……が。
愛夏は俺のほうを向いて止まり、大丈夫、どうしたの、いじめられてない? と声をかけたと思えば、女子たちに新太をいじめないで、と。
女子たちの顔がまさか、と裏切られたかのような顔になる。
愛夏にこいつら知ってるか、と問う。
女子たちを上から下まで見て、首をやや傾けて、靴の色からして同じ学年だと思うけど分からないかなあ、と呟いた。
女子が半ば絶望へと変わった。
こいつらはもう駄目だ、と悟ったのか、一目散に逃げていく。
愛夏、と呟く。
俺、お前の交友関係を制限してるか? と続けて。
してないよ、とすぐ返事が返ってくる。
束縛とか、してるか?
してないよ、何を今更急に、という顔で俺の顔を覗き込んでくる。ああ、愛夏は可愛いなあ。
私は助かってるんだけど、と呟く。
それじゃあ皆は納得してくれないんだろうなあ、と。
実際、束縛なんてしていない。
皆が勝手に怖がって近づかないだけだ。
必要以上に手を差し伸べたりしていない。友達ができればそっちを優先してほしい。
彼氏ができたのなら、俺のことなんか気にせずにいちゃいちゃしてくれればいい。
結婚するなら幸せになってほしい。
俺は、単に愛夏が好きなだけなのに。
ここに立っているのは俺じゃなかったかもしれないのに。
「なんで皆わかってくれないかなあ……」
きーんこーん、とチャイムが鳴る。
愛夏がどうしよう新太授業が始まっちゃうよ! なんて言ってる。
これ七時間目終了の奴だぞ、今日は六時間だろ、というとうぅう、だなんていいながら顔を押さえながらしゃがみこんでしまった。可愛い。
「……新太」
「何」
「その、どういう意味かは置いといて気になる人がいまして」
「ああうん、いつ告白すんの?」
「そういう話じゃないよ! ……いや、美術部の湧別先輩なんだけど」
「湧別……ったら湧別忠志先輩か?」
「そうそうそれー。その人。なんかほんと絵すごくて。なんか美術部の中でも飛びぬけた感じで……」
「あー……でもあの先輩、四、五年前に行方不明になった先輩を追いかけてるんだってよ、美術始めたのもそのせいだって……お前が入る余地ねえような」
「だからそういうんじゃないってば!」