何かがおかしい、と思った。
皆が寝てから、茶の間の連絡板に「この家を出たいです」と書いた。
一応プライパシーの保護とのことでカバーがついた小さなホワイトボードである。
ここに保護者のサインが必要、だとか教科書販売でお金が必要、とか書いておいたら寝ている間に全部そろっている。
今思えば連絡板なんて普通の家にはないだろう。なんでおかしいと思わなかったんだ。
次の日、起きるとドアと床の隙間にメモが挟まっていた。
住所、電話番号、転校先のこと。
あまりも速くて不気味、だったけど。僕にとっちゃこの家の方が不気味だ。桃瀬に荷物をまとめるよう声をかける。
その日の夜、僕たちはあの家を出た。
引っ越し先は隣町だった。規模は元いた街とほとんど変わらない。雰囲気も同じような感じだった。変わったのは一軒家からアパートになったぐらいだった。
中学生の男女がふたりぐらし。
なのに何も言われない、ということについては考えないでおいた。本当に気持ち悪い。あの家に居続けた方がよかったのだろうかとか思ったことは一度や二度じゃない。でもこれでいいのだ。やっと単独行動が出来る。
桃瀬にお願いしてアイドルをやってもらった。桃瀬の事件は僕たちの中で唯一、タイミング良く、比較的何もない時期に起こったからテレビで報道されていた。桃瀬の写真も公開されていた。もしかしたら誰かがあの桃瀬だ、と気づいてくれるかもしれない。桃瀬の顔は変わったかもしれないけど面影ぐらいは残っているだろう。気付くやつなら気付いてくれるはず、と顔を出してもらった。
某動画サイトに動画を投稿して三個目、やっと目当てのものが見えた
「この子、どっかで見たことあるような」「きのせいだろ」「夢じゃねえの」といったコメントの中に希望を見つけた。
「あの年の事件かなんかにいたような」
もう一息。
「北海道の自動車転落?」
もうちょっと。
と思ったらそこからしばらく情報が途切れた。二日、三日待って。
「八瀬桃瀬、成長したら今こんな感じじゃないか」
ご丁寧に画像へのリンクも貼ってある。
ビンゴ。
コメントは完全にあの事件のことに話題が移ったようで次々とあのころの情報が流れてくる。
「あの事故結局どうなったんだ?」「確かすぐあとに津波かなんかあって全部飛んだよな」「てか本当にあの子なの? 行方不明なんじゃ」「見つかったんだろ」「よく出てきたな」
否定も肯定もしないまま、動画は投稿し続けた。
だんだん気のせいか、という方向性で話がまとまっていく。
動画のコメントはそこで終わったけど、掲示板はそうでもなかった。
あのネットアイドルはあの八瀬桃瀬なんじゃないか、というコメントが出てき始めたころにできた掲示板。
さすが、掲示板に一日中引きこもっているような人があつまる掲示板だ。ふわふわした意見じゃなくて、ちゃんとした情報がソース付きで出ていた。
その中に一玖八都、なんて名前も混ざっていてどきっとする。
それどころじゃない。阿井美和子、可児怜也、衣川沖哉。少し知らない名前も混ざってはいたけど、あの家の住人すべての名前が出てきていた。
ももせ、たぶん、ぼくたちは。