「僕の音、浮くから来ないでほしいんだって」

 そう言っても、神は何も返してこなかった。

 黙々と、手に持ったやすりで木を削っている。

 電気もつけないで、普通の教室の二倍近くある広い教室に二人。

 窓がある方向的に西日が入ってきてないのは残念だけど神と一緒にいるだけで僕は十分満足だった。神は何とも思っていないようだったけど。

「何作っているの、神?」

 それでもやっぱり何も答えない。

 たっぷり三十分。さっきから削っていたのは頭にあたる部分だったようだ。角度を変えてじっくり見て、気にいったのか、ようやく木とやすりを机に置く。

「……私、三上の演奏聞いたことないからそういうのよく分からないかなあ」

「あれ、僕の話聞いてたんだ」

「三上は反応しなかったら面倒くさいし」

「分かってるならすぐ答えてよ」

「三上の優先順位なんて漢文の少し上ぐらいだからなあ……」

 相変わらずよくわからない。

 いや、そういうところが可愛いんだけどね! そういうところが大好きなんだけどね!

「……っていうか、さっさと吹いちゃえばよかったのに。そのためにもってきたんでしょ?」

 神が視線を床に向ける。

 確かに、そこにはケースに入ったままのホルンが置いてある。置いてある、というか僕が持ってきたんだけど。

「今日、中で活動してるのウチぐらいだし、気にしなくていいよ」

 そう言って、また、木をけずる作業に戻ってしまう。

 まあ、いつものことなんだけどね!

 ケースからホルンを出して、適当に吹く。

 適当に、うちの校歌を。

 神はひたすら木を削り続ける。僕の演奏が終わると、ふう、と息をかけて木の屑を飛ばして。

「三上は本当にわたしのことが好きだよね」

 僕の目をまっすぐ見て言った。

 木とやすりを一度机の上に置き、手を膝に乗せる。

「よくわかったね、神」

「音楽も美術もきっと同じようなものだよ。いっしょになったら映像になるわけだしね。映像は美術だし。私はカンジュセーとかそういうのがすごいらしいよ」

 って、高島先生が、と続ける。

「一緒にされたこと、怒るべき?」

「喜ばれたら軽蔑するよ。……私はそんなだからわかったけど、分からない人からしたら妙に目立つ音、ってだけなんじゃないかな……。ってかそれがどうしたの」

「……だから、この能力、神にあげるべきかなって」

「……あげるって」

 どうすんの、という目で睨みつけてくる。

 ああもう神は可愛いなあっ。

「うん、なんか自分なりに解析してみたんだけど、ちょっと聞いてる人に考えてることがなんとなくなんか考えてるなーっとか思われるとかその程度っぽいんだよね。この能力。んでそのなかでも神のこと考えてたらなんとなく考えてることも分かるらしいんだけど。え、顔に出てるって? いやあまさか。伝わってるらしいよ? だって顧問と部長に言われたもん。大体、それじゃあ音が浮かないでしょ? あ、今それ演奏が下手だからなんじゃとかそんなこと思ったよね? ね? でも一瞬でさっきの聞いてそれはないって思ったんでしょ? でしょ? あってる? あ、もう神そんなゴミ虫を見るような目で見ないでよせっかくの神の顔が台無しだよ。あ、うん、もちろんそんな神も好きだよ? うん。え、本当だよ? マジだよ? う、あ、本当に嫌そうな顔だね、あ、まって、帰らないで! せめてやすりちゃんと木工室に返して! ってああもうホルン蹴らないでよ借り物だよ学校の物だよ! あ、うん、そこら辺はちゃんとわきまえてるよね、神いい子だもんね、って蹴らなきゃいいってもんじゃないよお願いだから窓から捨てるのはやめてくれないかなあ……うん、いい子、いい子だよ神、お願いだからそのまま椅子に座って話の続きを聞いてもらえないかな? え、僕が帰ったら座るって? いやいや冗談はよしてよ、僕に冗談なんて通じないよ神、僕は神のことならたいていわか……その例外だからとかそんな目しないでってばもう神! いいから話聞いて! …………。うん。で、多分、その原因なんだけど、僕の感受性が乏しいせいだと思うんだよね。感受性? 表現力? なんかそんな感じの。いや、音楽やってる人が何言ってんだって話だけどさ。凡人並みなんだと思うよ。能力を使うに至ってないんだと思う。なのに、なんでこんな能力に目覚めたのか、謎で仕方がないんだけどね。目覚めたもんは目覚めたもんだよ。仕方ないから神にあげようと思う」

「あげるって……そんな、お伽噺じゃないんだし」

「でもこういうのって、やっぱり適性があるんだと思うよ。僕なんかより、神が持ってた方が幸せになれるはずだよ。僕も、神もね」

「ってかっ、そんな、それ、異能とかそんな感じのやつだよね? 冷静になってみたっけそんなのおかしくない、かなあ……」

 そう言いつつ、神の手が鞄に伸びていく。

 何を出す気なのかは分からないけど、とりあえず、僕は神の顔に手を伸ばして。

「こーゆーのってちゅーで押しつけたりとかできたりするよね」

 神は、鉛筆を取り出して。

 僕は神の顔に顔を近づけて。

神のおでこにそっと口づけた瞬間、神の手がものすごい勢いで動き、何かが僕の首を絞めた。

「いやあほんっとそういうのわからないからっ!」

「もらった瞬間使いこなしてる人に言われたくないかなぁっ!」

 もう、と神が鳴りもしないのに指を鳴らす。

 するする、と僕の首に巻きついていたものがほどけていった。

 とりあえず、神から体を離して、机の上を見てみると、縄の絵が描いてある。

「まあ、うまく神に渡ったってわけか」

「三上のことだからそこ込での能力だったとかありえるけどね……きもい。滅べばいいのに」

「うっわあ、あいかわらず酷いね、神」

「相変わらずって……三上がずっとそんなだからでしょ……まあ、もう、これを受け止めていきますよ」

 そう、いつも通り適当に呟くと神は立ち上がって、鞄を掴んで出口へと向かい始めた。

「……ちょ、神?」

「片づけぐらいやってよ、面倒くさい」

 ばん、と勢いよくドアが締められる。

 机の上には髪の毛になるであろう部分のみ綺麗に削られた木とやすりと大量の削りかす、そしてリアルな縄の絵。

「ああもう……本当に神は可愛いなあ……」