いつからか、今がいつなのか考えるのも面倒くさくなっていた。

すんごい暑い気がするし、多分夏なのだろう。時間なんて、いらなければ春か夏か秋か冬か、朝か夜かで十分なのである。

寝坊したところで怒る先生はもういなかったし、締め切りを破って怒るような上司もいない。なんとなく七日間で一週間、という習慣は続いていたけど今日が何日だとかそういうことを考えるのはやめていた。六日働いて一日休み。それで十分である。テレビなんかもはいらないから、本当にどうでもよかった。

 

 

こうなったのは季節が四回巡る前……五回巡る前だっただろうか。

もともと北の大地だったし、少々田舎気味だったし、物の流れが良いとは言えなかった。外に出たがる人もあまりいなかったし、まちに入ってくる人も、滅多にいなかった。

だから、何も違和感を抱かずにしばらく生活していたのだった。

インターネットが繋がらなくなって、サイトなんかが見れなくなった。

テレビが映りにくくなって、外の様子が分からなくなった。

新刊が来なくなって、娯楽が減った。

ラジオが止まり、テレビもついに電源すらつかなくなり。食べ物も届かなくなって、郵便物も来なくなった。

気付けばこのまちは、孤立していた。

このまちだけがおかしいのか、それとも日本全体がおかしいのか。それを知ろうと、最初のころは若者が山を越えたりしていた。海に出て、船で都会に渡ろうとした者もいた。しかし、それもすぐに止まった。誰ひとり帰ってこなかったのである。何かあったのではないかと探しに行った自治会長さんも帰ってこなかった。

幸い、うちのまちは結構広い。山も海もある。牛も鳥もいた。大抵の食糧は自分たちで作ることができる。

町長さんは俺たちがまちから出るのを禁じ、俺たちはこのまちの中で生きることになった。

 

 

「やっほー涼太、お誕生日おめでとー」

ぼうっと海を見ていれば、ガン、といきなり後頭部への衝撃。

何だこれ、感覚からしてビン……?

後頭部を押さえつつ振り返ると俺の友達、小路信英がジャムらしきものの入った小さめのビンを持って立っていた。

「今日は西暦××二八年八月二十一日。涼太の誕生日だよ……で、合ってるよね? 涼太の誕生日って」

こいつは今となっては数少ない、というか唯一と言っていい、未だに時間をきちんと把握しているやつ。こうやって、それを生かして町民の誕生日を祝うのを趣味にしている。

「西暦××一四年八月二十一日。多分合ってるよ」

流石に感覚がないとはいえ、誕生日ぐらいは覚えてるさ。……ということは、えっと。十四歳ぐらい、か。

中学二年生。まだまだ幼い。

「今回は何のジャムなんだ?」

「あ、これジャムじゃないよ。トマトの種の部分の詰め合わせ」

「何の嫌がらせだよ……っ」

「いやあ逆逆! 友達にしかこんなことやらないさ」

「友達にもやるなよ……」

適当に信英はビンを放り投げ、服の中から新たなビンを取り出す。

「うーしじゃあハッピーバースディ涼太、トマトの実の部分の詰め合わせだー!」

「いらねえよ」

そう言いつつも信英の手からビンを奪い取る。トマトソースにでもして食べるか。信英の家のトマト、すごく甘くて美味しいし。

きゅきゅっとビンの蓋をあけて、トマトをひとつ取り出す。いくらまちが閉ざされようとトマトには関係ないもんな。美味い。

「美味いだろ」

「ああ」

「なんてったって俺の家の……」

そこで言葉を止め、急に振り返る。

「涼太、今」

「僕にも聞こえた」

今、確かに、悲鳴みたいなのが。

ゆっくりと、目を見合わせて。

トマトのビンを地面に置いて走り出した。

 

 

皆も気になったのか、皆同じ方向に向かっているからそれについていく。

「ってかこれ方向的に……」

「美衣んち……?」

 

三分ほどで、さっきの悲鳴のもとへ。町民がわらわらと集まってきている。

「美衣っ」

なんとか人込みをかき分け、その中心へ。そこには。

血と肉の山があった。

徹底的な破壊。それが肉なのはなんとなくわかっても、何だったのかが分からないほど、徹底的に破壊しつくされている。

こんなの、人に出来ることじゃない。でも、この町は違うのだ。

「お前さんじゃないのかい? お前さんなら……」

「何言ってんだ、こんなの神の一族にしか出来っこねえよ」

……そう、神の一族。

このまちには神様がいる。

このまちのひとは皆、炎をある程度操作できるとか。落下点をある程度操作できるとか。そんな力を十二歳の誕生日に神様から授かるのである。

中でも、神の一族、神の子・・・・・・と呼ばれる、苗字に「神」の字が入る一族は、生命に干渉出来る。ということになっている。

神様に愛されているこどもはどう頑張ってもひとごろしができないのに、神のこどもは、ひとごろしになれてしまう。

自然と皆苗字を名乗らなくなり、その風習が続き、今では自分の苗字を知らない人も少なくない。

とりあえず、この徹底的なまでの破壊は神の一族にしかできないことなのだ。

「誰が神の一族だか分からないし、犯人なんて分からないね」

「お前だけはありえねえって分かってるけどな」

「うん? どうして?」

「お前、その記憶力をある程度云々でどうやって人を粉々にするんだよ」

「あれ、教えたっけ? まあね」

「まあでも俺は小路、お前は河瀬だろ? かすりもしねえじゃねえか」

「まあ、ぶっちゃけそうだよね」

自分が無実だと証明しなきゃ、と言いながら、皆が僕たちを抜かしていく。

「どうやって証明すればいい「役所だ、役所に行こ「流石に役所になら苗字ぐらい残ってるよな?「一応戸籍には苗字はありますものねえ「神の一字さえ入らなければ証明ぐらい簡単さあ「どうしようお母さん私たち神代じゃ「しっ、黙ってなさい」

「能力使って証明しちゃえばいいのに。ねえ?」

「今それやっても意味ねえだろ」

「まあね。そうだよね」

「だって……」

と、信英の声を遮るように、どごおおおおん、とどこからか爆発するような音が響いてきた。

音が響いてきた、どころではなく地面も軽く揺れる。

「ちょっとまって今度は何……」

「方向的に役所だろ」

「いやそんぐらいわかるけど……」

何が。

「俺が犯人だったら名前が分からないようにするけど」

「あー、そうだね。仲間討ちとかいいよね」

「俺は『神の一族』じゃねえ! 小路だぞ? どこに『神』が入るっってんだ」

「は? 何を言う、苗字などいくらでも偽れるだろう、貴様の能力、私は知っているぞ! お前の能力なら」

「……とかなあ」

「とかねー」

「じゃあ、お気をつけて」

交差点で、僕は右へ。信英は左へ。

軽く手を振って別れる。

ああ、そうだ、トマトのことを忘れてた。

せっかく信英がくれたんだから、消費しないと。

 

 

次の日、目を覚ますと、やっぱり、父さんと母さんは血と肉と骨の山になっていた。

早起きしたのが幸いだった。妹はまだ起きてこないだろう。父さんと母さんには悪いけど、集めてざっとキャスター付きの衣装ケースに移していく。大人二人分となればそれなりの量だった。

シャベルをひっつかんで、家の外へと引っ張っていく。

もともと外に持っていくようなものじゃないし、田舎の雑な舗装だから少し心配だけれども、何も気にせずひっぱる。

うちの町には海も川もあるけれども、近いのは川だった。堤防を転がして(かなりこぼれている気がするけど気にしない)下に降りる。適当に川の横に立ってから、何もしないのもあれか、と思って、お祈りを適当に済まし、シャベルで衣装ケースの中身をひとすくいして「ばいばい」と川にまいた。

「……火葬じゃないとだめなんじゃねえの」

「あれ、いたの」

「いたの、ってひでえな」

「待ってね全部撒ききっちゃうから」

めんどくさくなって、衣装ケースをそのまま倒して川に中身を流す。最初からこうしときゃよかった。

「あー、で、何の話だっけ」

「そういうの認められてたっけ、って話だよ」

「えーもうそういうの面倒くさくない? 僕たちもう外に出られないんだし。外からも来ないんだし、関係ない関係ない。だいたいもうこれこんなじゃ灰になったようなもんだろ、灰なら撒いていいんだろ?」

「まあ、な」

「だいたいそれならそっちはどうしたんだよ」

「埋めた」

「埋葬かよ。そっちも変わらねえじゃねえか」

どこからかきゃああ、という声。

もう、そんな時間か。

「皆、起きだした感じか」

「他の家もってことはどの家の大人も殺されたって考えた方がいいのかなあ」

「知らねえよ」

だよねえ、と返して、信英に背中を向ける。そろそろ妹が起きる。家にいないとまずい。

「まあ、話はあとで」

「んじゃまた」

 

 

大人は誰も残っちゃいなかった。

「犯人は、俺たちの中?」

「自殺した可能性もあるけど」

「まあ、それは明日のお楽しみってことで」

 

 

「……なあ小路、田舎だなあ」

「何言ってんだよ」

「田舎すぎてこうなるってほんと漫画みてえだよな」

「ほんとな」

「静かだね」

「静かだな」

「真樹も美衣も克也も皆死んじゃったねえ」

「そうだな」

「このまちには神様がいるんじゃなかったの」

「いるってだけだよ」

「人殺し?」

「そう、人殺し」

「ほんと酷いよな、ただでさえ過疎化が深刻な問題で」

「もういっそ皆いなくなれば過疎とかどうでもよくなるんじゃね」

「それは酷いんじゃないかなあ」

「そうか」

「そういやあいつらの苗字知らねえな」

「この町の奴らは名字を名乗りたがらないからな」

「その点信英は珍しいよ。苗字まで教えてくれて」

「でも俺もお前の苗字知ってるぜ」

「にしても怖いね、殺し方的に『神の一族』しかあり得ないんだろ」

「そうそう」

「静かすぎね」

「そうか」

「何も聞こえねえぞ」

「そうか」

「小路?」

「俺な」

「ああ」

「小路信英じゃなくてな」

「ああ」

「神詠正二なんだよ」

 

 

「おまえ、十四歳になりたいって言ってたろ」

「十四歳になるったら、あとちょっとで五年だな、思って」

「五年って、区切りいいな、って」

それだけ。と正二は笑った。

「おまえの様子見てたら、外はもう絶望的、ぽいし」

「でも中はこのまましばらくやってけそう、だし」

「でも俺たちしかいないなら、もう生きる意味なくない? って」

「これでも神の一族に名を連ねるわけだし」

「サプライズにしよっかな、って思って、名前調べて脅して、他の一族にお願いしてころしてもらったりとかして」

「そいつもしんじゃったっぽい? から、あとは俺たちだけ」

「やっと死ねるな、涼太」

 

 

「ちょっとだけお願いがあるんだけど」

ひとつだけ、確かめたいことがあった。

地面に向かい合って座り、正二の肩に頭を乗せる。

「涼っ・・・・・・」

「倒れたら嫌だから支えて」

目を閉じて、集中。ここまで大規模に能力を使うのは初めてだ。

息を吸って、止めて。

近所にひとの気配は無かった。

このしまに、唯一残っていた他の集落も、気づいたら消えていた。

このくにに、もうひとはいないようだった。

このほしに、ひとはふたりしかいなかった。

ゆっくり、意識を戻していって、息を吐く。

もう体を動かす気力は残っていなかった。

「どうだった?」

「おれたちがさいご、だった」

「そうか、他に残ってたら恥ずかしいもんな、よかったよかった」

そう呟くと、「神の一族」、神詠正二は右こぶしを心臓のあたりにあて、ぐっと何かを引き抜くように動かした。それに伴って正二の右手には青っぽい光が集まり、くるくる、ともてあそぶうちに細長い、刀のような、剣のようなものになる。

そしてそれから、指一本動かせなくなった俺を抱き寄せ、

そして。